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「本当に行っちまうのか、ロー」
「ああ。出航準備もできたからな。何も躊躇うことはない」
「――」
目深にキャスケットをかぶった青年は、これから遠い航海に出ようというには余りにも軽装な友人の姿を、じっと見つめた。腕の刺青がまた増えている。確か一週間前までは手首にしか無かった気がするんだがなあと、キャスケットの青年は思い起こした。ローと呼ばれた刺青の青年は丁寧に靴紐を締めなおすと、ふかふかした帽子をきちんと被った。それから徐に立ち上がる。キャスケットの青年は、それもじっと見つめ続けた。傍らに立てかけてある奇妙に長い刀を手に取り、刺青の青年は背後の友人を振り返る。そして笑った。これから呑みにいかないか、とでも誘い出すような、軽い笑顔だった。もしかしたら、今後一生、会えなくなるかも知れないというのに。
「じゃあな。行ってくる」
一歩。
「ああ、そうだ。新聞に名前が載ったらよろしくな」
二歩。
「元気でやれよ」
三歩目を踏み出すことは適わなかった。キャスケットの青年が、しっかりと刺青の青年の左腕を掴んでいた。刺青の青年は肩越しに、深く俯いている友人を振り返る。俯いた青年は何も言わない。時計の秒針が二周と少しするまで、二人は黙ったまま、動かなかった。やがて、キャスケットの青年は口を開いた。
「……俺も、連れて行ってくれ」
「……どういう心変わりだ?
お前は俺の出るのをさんざん止めた側じゃなかったか」
「何でもいいだろ。大体あんなでかい船を動かすには人手が足りなさすぎる。
俺がついていく」
「………」
「だめかい?――船長」
キャスケットの奥の瞳が、真っ直ぐに刺青の青年を見つめている。ほとんど目にしたことのない友人の強い瞳に、刺青の青年は目を見開いた。たちまち込み上げてきた何かを必死に堪えながら、刺青の青年は友人の目をしっかり見つめ返した。
そしてすぐに、「ああもちろん」と頷いた。
(たぶんこいつは、もうローとは呼んでくれないのだろうな)
+
あとがき、というか、言い訳
・ローさんの出航の話が書きたかった
・キャスケットの人は可愛いよっていう話
・ローさんはかっこいいよっていう話
・どっちにしろ勢いだけで話を書いちゃいけないなって思った