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追記からどうぞ
ああ暇だ、本当に暇だと唐突にローがそう言った。少し離れた所からその声は聞こえてきたが、白クマもキャスケットの青年もペンギン帽子の青年もとくに相手にしないで、黙ってポーカーを続けた。ジャンバールだけは慌てたように古参三人の様子をちらちら窺ったが、ペンギン帽子の青年が黙って首を横に振ったので、いいのかなあと思いつつも自分の手札を眺めることに専念した。ストレートだ。
相手にしてもらえなかったハートの海賊団船長は、甲板の上をごろごろと転げ回り、それからあーだとかうーだとかよく分からない声を上げた。やっぱりジャンバールは、良いのだろうかという目線を目の前の白クマに投げかけたが、白クマはただ「二枚」と呟き、カードを交換することに集中していた。どうでもいいらしい。ジャンバールもとりあえず、カードを交換することにした。
乗組員が本当にたった五人しかいないこの船だが、船自体は驚くほど大きい。その広い甲板を縦横無尽にごろごろ転がりながら、ローはまた、ああ暇だ、本当に暇だと言った。今度はジャンバールも相手にしなかったが、やがてキャスケットの青年が深くため息をつくと、一言返事をしてやった。
「服が汚れっからそれやめてくれ、船長」
その声を聞いたローは、愛する船員たちに背を向けたままぴたりと静止した。うむそれでいい、頷いて、キャスケットの青年は「ツーペア」と投げやりにカードを開いた。白クマがにやりと笑ったのを見て、キャスケットの青年はあからさまに不機嫌な顔をした。
やがてゆっくり時間は過ぎ、白クマが三回目のフラッシュで勝利したころ、ローが再びあたりをごろごろしはじめた。ぼろ負けのキャスケットの青年は何も言わず、唇をかみしめながらカードとにらみ合いをしていた。船長のごろごろがごろんごろんになってきたあたりで、ペンギン帽子をかぶった青年が、得意げな表情でフルハウスを披露しながら、ローをたしなめた。
「あんまりやると酔うぞ。俺はこの間酔ったぜ船長」
ローは再びぴたりと静止した。というかお前もやったのかよ、とジャンバールは心の中だけで突っ込みを入れて、カードをシャッフルした。彼は先ほどから、可もなく不可もなくという結果を残している。常に二位か三位のどちらかについていた。キャスケットの青年はとても弱かった。
ジャンバールは誰も発言しないのを確認してから(特に白クマに注意を払って)、すねたように背を向けたままの船長に声をかけた。誰か誘ってやればいいのに。
「良かったら参加しないか。トラファルガー・ロー」
「船長と呼べ」
「……聞かなくていい」
ぼそりと白クマが呟いた。ジャンバールが耳を澄ませると、「船長って呼ばれたいだけだからキャプテンは」と彼は言葉をつづけた。キャプテンと呼んでいるのは白クマの些細な反抗であるらしい。何に反抗しているのかは良く分からないけれども。そういえば、と新参のジャンバールは思い出した。残りの二人も、「船長」と呼んでいるのはローに敬意を示しているとかそういう理由ではないらしい。じゃあいったいどうしてだろうか。乗船して日が浅い彼は、よくわからないこの海賊団の事情にため息をついて、再び手元のカードに目線を落とした。が、そこでローが立ち上がり、のそのそとテーブルの方まで歩いてきた。キャスケットの青年は、気にも留めずにカードを交換した。それからあからさまに笑顔になった。それをちらりと見やってから、ローは言う。
「さっき参加しねェかって言われたから、きたんだぜ」
「えーキャプテン参加するの」
「大事な船員に参加しねェかって言われたら、断るわけにゃ行かねェだろうよ」
「ああもう、ジャンバールが余計なこと言うからだぜ」
「す、すまん」
「おい、余計なことってなんだ? 俺が余計なのか?」
「いいよいいよ。もう諦めてる」
ローは空いていた最後の一脚に悠然と腰を下ろし、すらりと長い脚を組んだ。テーブル向こうでローの足がぶつかったペンギン帽子の青年が、おいと抗議の声をあげた。ローは悪ィ悪ィと然程悪気を感じていない謝罪の言葉を口にし、唐突に左手をテーブルの上に広げた。いったい何をするのかと思えば、ローはにやりと微笑んで、「ROOM」と口にした。ハートの海賊団員たちが囲むテーブルを中心に、薄く色づいた半球が広がる。それから「シャンブルズ」とローは徐に唱えた。たちまちテーブル上のカード、ジャンバールたちが手に持っていたカードも全て宙に巻きあがり、素晴らしい勢いでシャッフルされ、やがてテーブルの上に整えられた。キャスケットの青年が泣きそうな顔をした。
「毎回それやるけど、そういうの悪魔の実に失礼だと思うぜ船長」
慣れた手つきでカードを分配しながら、ペンギン帽子の青年はそう言った。ローは鼻を鳴らした。
各々カードを手に取り、ハートの海賊団は黙々と自分の役を確認する。キャプテンから時計周りでカードチェンジ、と白クマがつぶやくと、ローは自信たっぷりに「これでいい」といった。続く白クマは一枚だけ。ペンギン帽子の青年は二枚。ジャンバールとキャスケットの青年が一枚ずつ。キャスケットの青年が口をへの字に曲げた。
「じゃ、船長からオープンしてくれよ」
「構わねェぜ」
ローは不敵な笑みを浮かべたまま、テーブルにカードを扇状に広げた。あまりにも滑らかな手さばきだった。船員たちはそれを覗き込んだ。
そこには、10、ジャック、クイーン、キング、エースの五枚が、誇らしげに存在していた。キャスケットの青年は、あーまたか、と嘆いた。真っ赤なハートのスートで構成されたそれを見て、ペンギン帽子の青年が唸った。
「船長入れるとこれだから嫌なんだ。わかった?」
最後の一言が自分に向けられていると悟ったジャンバールは、ああ、と頷いた。彼はちらりと他の二人の船員の様子を確認する。キャスケットの青年はむすっとした顔で俯いているし、白クマも(あまり表情が動いていないようだが)不機嫌な顔をしていた。ジャンバールはもう一度頷き、疑問に思っていたことを口にした。どうしてこんなわかりやすいことに、誰も気づいていないんだろうか?
「でも、あれだろう? トラファルガーの能力は、自分の思うままに対象物を動かせるんだろう。
だからさっきのシャッフルで、うまくカードの順――」
慌てた船長は、テーブル越しに身を乗り出して、ジャンバールの頭を平手で叩いた。